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オーバーホールの時期?

現在、認証の信頼性に関する懸念が広がっています。審査員認証の観点から、 IRCA のディレクター Somon Feary は「根本原因は認定システムそれ自身の中にあるのか」との問いを投げかけています

この記事は認証の信頼性に対する現在の懸念の背後にある原因について調べたもので、審査員認証の観点からどこで解決策を見つけたらよいかを示唆するものです。認証産業に関わっている人で、認定された認証に対する市場の見方が最近変化してきていることに気づかない人はいないはずです。成熟した市場と、発展途上の市場とでは認証のとらえられ方に差異があるため、状況には少し混乱があるように思われます。東洋を見るとすべてはばら色のようです。しかし、認証が最初に始まった地域の市場を見ると、明らかに別の様相を呈しています。

肯定的な面を見るのは容易です。 EMS や QMS に関して世界中の認定された認証の数はついに 60 万を超えました。 2003 年 12 月までの 5 年間の成長率は非常に健全で 80 %を示しました。認証は現在ではグローバルなものとなっており、その影響を免れている地域はほとんどありません。認証のインフラ内ではさらに多くの基準が作られつつあります。このような一面を見ると、健全なシナリオということができます。

ふたを開ける

しかし、否定的な面もあり、これらは懸念が生じる程度に大きなものです。 2003 年の成長はほとんど全部中国と日本という2つの経済国によって支えられてきました。その一方で、他の主要国のすべてにおいてその成長は良くて横ばい状態で、割合にして 2 桁の後退を示している国もあります。人々の関心を集めている製造業である自動車産業は、 ISO 9001 に対する信頼は保っているものの、「主流」の認証に対する信頼はないと主張しており、認定および認証のためのその分野に特有の構造を作ることに背を向けています。別の主要分野である航空宇宙産業では、審査員の所見を確かなものとするために、誰かの立ち会いが必要になるのです。

珍しくも明るい見通しの国である中国では、その境界内で活動するための認証を与えるやり方にいくつか重大な抗議が起きているのが目につきます。このような行動は、手近なところで合法的な競争をやるという「中国的やり方」の利口な表現に過ぎないという人もいる一方で、企業内の沈滞感という症状を示す不利で制御できない慣行に対する当然の反応であると考える人たちもいます。

それでは、何がいったいこんなにも突然に適用されるブレーキとなったのでしょう。ビジネス用語で外交的に表現するなら、その理由は、結果の品質をコントロールする必要のほうがインフラストラクチャの能力をしのいでしまったということです。

自由市場、供給者の過剰と認証の自発的性格が、短期の商業利益を得るために、甘い市場と、共謀あるいは無関心な政府によって提供された機会を不当に使うことを許してしまったのです。しかし、単純で実もふたもない別の見方をするなら、認定はその仕事を適切に行うことに失敗し、製品の認証は信頼性を失ったのだといえます。

認証を認定することは単純で密着した構造のものです。これは 1980 年代初めに英国政府によって作成された本来の宣言のなかにその概要が描かれ、現在まで通用しているものです。政府は一国にひとつの認定機関にそれを管理する(管理であって規制ではありません―この事業の自発的性格を反映する重要な区別です)権限を与えています。認定機関は、認証機関の活動の質と一貫性を厳格に保証しながら、認証機関の誤りを見過ごしました。

灰色の影

概念としては単純ですが、これは実際には十分に機能してはいません。認定機関はいつもその国における独占企業ですが、管理の任務を負う認証機関内に商業的、技術的能力が認められないとの批判を受けるときがあります。

基準の解釈は認証機関によって異なっており、ときに問題となるのは、嘆願する認証機関のロビー活動能力に大きく左右されるということで、しばしばそれは認証機関の中でも認証を行う個人の評価能力の程度によっても異なるということです。

また、認証と同様、認定もまたビジネス活動であるということが忘れられる傾向にあります。認定は、財政上の利益がなく、それらが管理している機関の収入に頼っているというわけではありません。また、世界のある地域では、認定は公然とした政治的要因となっています。これらすべてによって、監視と管理において正攻法で行うべきものが複雑になり挫折しているのです。

トップから

それでは、解決法はどこにあるのでしょう。それは明らかに、認定産業を支配している機関である国際認定機関フォーラム( IAF) にあります。同意に基づき、広い範囲の経済状況と文化にまたがるおよそ 50 の会員からなる支配機関ほどシンプルで迅速に動けるものはありません。

しかし、認めるべきものは認めることにし、歴史的観点からみてみると、 IAF は数年前のスタンディングスタートから進歩しているとみなされなくてはならず、現在ではその概要を手中に収め、一連の項目に関するガイダンスを作り上げる能力を示し、すべてはベストプラクティスと調和の方向へと向かっているといえます。しかし、その歩みは遅く、意思決定のプロセスは合意という惰性に支配されています。

ISO の故事務局長 Lawrence D. Eicher 氏によって注意が喚起されたある特定の脅威に対し、それは妥当なスピードに到達しました。 2001 年後半、氏は適合性評価員による「評判の悪い仕事」という問題を提示し、その治療法は、基準の書き手にではなく、適合性評価団体それ自身にあると強く述べました。「自分自身を規制しなさい!」というのが彼のメッセージです。

2001 年の終わりに京都で開かれた IAF 総会で、多国籍タスクフォースの結成が提案されました。それは、 IAF 、 ISO/TC 176 ( ISO 9000 ファミリーの責任を負う ISO の技術委員会)、および適合性評価に関する委員会である ISO/CASCO の代表者からなるものです。この新しいグループの目的のひとつは、認証で利用されることで起こる ISO 9001:2000 に対する現実の、あるいはこれから起こる可能性がある脅威を監視することです。

2002 年の 5 月に、 ISO 9000 諮問グループ( IAG) として知られるグループの最初の会議が米国コロラド州デンバーで開催されました。グループは、認証産業、その活動とさまざまな将来のシナリオについて「ありのまま」の検討を行い、特定された問題と取り組む方法を探しました。そして誰に話を聞いても、 IAG は精力的かつ熱心にそれを取りまとめたということです。

根本原因 : ISO 17024?

しかし、審査員認証の観点から見ると(そして、この評論が書かれているのはこの方向なのですが)、まだ不安が残ります。 IAF その他のイニシアチブでは、原因はそのままにして、症状にだけ焦点があたっています。原因は審査員、あるいはより正確には能力不足の審査員にあると決定され、この記事で問題の発生源であるとしている構造的なものではなく、この点についてのみ提案がなされるのではないかと思われます。

こういった不安が起こる理由は、 ISO/IEC 17024:2003 の「適合性評価―人の認証を行う機関に対する一般要件」に示されている審査員の承認に対する多大な興味にあります。これはほとんど、あたかも「私たちが待ち望んでいた」解決法として考えられているかのようです。そして、 ISO/IEC 17024 は審査員の能力、つまり審査員認証の第三者決定を示唆しており、審査員認証は歴史的に認定機関の周辺に追いやられてきたと述べています。

審査員認証は能力の証拠を提供するものですが、認可者からのひとつの事例としての敬意以上のものはこれまで得てきませんでした。これは非常に貧しい関係だといえます。認可者と認証機関は常に、能力とは自分自身で図るべきもので、審査員に資格があるかどうかは大きな問題ではないのではないかと議論してきました。

認可機関によってはそれに何らかの社会的地位を与えていますが、他の機関ではそうではありません。これは認証団体の(大部分の)審査員によって理解され、受け入れられています。貢献するための正式な権限を持っていないことはイライラすることである一方で、審査員の認証を公正に保ち、追加の価値の提供に焦点が当たる役に立っています。

新しくできた国際的基準である ISO/IEC 17024:2003 に関心が寄せられるのは理解できますが、それが解答であると思われてしまう危険性もあります。解答の一部だということではなく、唯一の解答であると思われてしまうのです。すでに、ある大手の審査員認証機関ではまさにそのようなものとして扱っています。

この組織が推し進めているメッセージは、認定機関により認証を受けた審査員のみが適切な能力を持っているというものです。他の者はすべて疑わしく、現在の基準や審査員を評価する 方法などはほとんど意味がないと言うのです。これはばかげた危険な考えです。

なぜばかげているかというと、何千もの非常に優れた能力のある認証を受けた審査員が仕事をして良い結果を出しているからであり、なぜ危険かというと、企業の信頼性喪失、すなわち認可者のレベルでの効果的管理の欠如の根本原因から気がそらされてしまうからです。

機械の修理

現在の呪文は「審査員の能力」ということですが、もっと適切に言うなら「審査の能力」となるはずです。悪いことをすべてフィールドにいる個人の足元に置くというのは正しいやり方ではありません。広告の文字から、売り込み口上、審査チームの能力、フィールドでのパフォーマンスから認証の決定に至る全審査プロセスはすべて、結果として与えられる認証が組織とその顧客に価値を提供するかどうか、認証が意図した目的に一貫するものかどうか、あるいはそれは単に商業上の楽観主義にすぎないのかどうか決める場合に有効な要因となります。

審査員は認証プロセスの一部に過ぎません。プロセス事態がうまく管理されていないか、あるいは誤った仮定に基づいているなら、審査員に非難を浴びせるのは妥当であるとはいえません。

ISO/IEC 17024 と、認定され認証を受けた審査員が認証に与える影響、およびその両方が当然ながら能力に関連することについて、現実的に考えるための理由として2つあります。まず、審査員認証は認証機関によってなされると考える方法があります。大部分の人は、とくに長い目で見て責任を負う人は、審査員認証を基本的能力の指標に過ぎないと見ています。彼らにとっては、審査員は ISO 19011:2002 「品質および/あるいは環境マネージメントシステム審査のためのガイドライン」にある知識を持っているということを示しており、単純で一般的なプロセスを審査する能力があるということなのです。

認証機関は、真のトレーニングや能力の獲得は、認証機関自身の監視、トレーニング、査定プロセスを通して得られることを受け入れています。そのプロセスの中で、審査員はとくに組織自身のやり方を学ぶのです。

ユニークな取引

認証機関は、どんな審査員も自分たちが要求された審査能力を示し、その認証機関に特異的なアプローチをすることができるまで、顧客の好きなようにさせたりはしません。すべての認証機関は、現在では認定機関から認証を受けた審査員を、「棚から取り出してすぐに審査できる」人だと考えたりはしないであろうと期待するのは、見当違いで、世間知らずだといえます。

ある人たちは間違いなく、現在のシステムで資格を得ている審査員に対して彼らが現在やっているのと同じ方法で対処すると思われますが、リスクの観点から見てフィールドの審査員のパフォーマンスがクライアントとの関係を管理する場合に最も重要なもののひとつであることを認識している人たちは、トレーニング、パフォーマンスの監視、校正を通じて注意深い管理を実施し続けることと思われます。認可された審査員はこの観点を変えることはないでしょう。

第 2 の問題は内容に特異的な能力についてです。審査員認証は、一般的な審査能力があることだけを示すものです。もしも、審査員認証機関が特殊な産業の内容に大きく関わるような審査をする能力を認証するとしたら、それが可能な人はほとんどいないでしょう。そして、クライアントである組織から最も否定的な反応が来るのもこの特殊な内容のものなのです。

「うちの審査員は会社の仕事や業界、プロセスについて何も知らない」といった抗議がくるのはこのためです。そして費用に対する認証機関の態度が大転換して、特殊な分野の審査員認証と関連する追加の費用の主重荷を吸収するようにしないと、これが、認定されていようといまいと、審査員認証が扱わない審査能力を改善するというひとつの問題になるのです。特殊な審査の能力要件を決め、これらを個々の審査員の能力と適合させるのは、審査プロセスを管理している人の完全な責任の範囲内です。それがあまりにもしばしば無視されているのは、審査員の能力がないせいでも、審査員の認証の問題でもありません。それは認証機関が近道をして、認定プロセスがこれを取上げようとしないからです。

対策を見つけるのは簡単です。認定は適切に行われるようにしなければなりません。信頼できる認証への鍵は、単純なプロセスであるべきものに対して複雑なものを加え、費用と新案装置類を使用する審査員認証機関にあるのではありません。最大のリスクをもたらす人たちによって最もよく取り扱われる能力といった面があるのです。そして、それらの人たちが審査員を雇って使う認証機関なのです。

いくらその気であっても、 ISO19011 にリストアップされている正直、誠実、粘り強さ、その他大部分の属性は、フィールドで、現実の生活状況の中で、そして最も一般的なのは、時間がたつにつれ最もよく決定されるものです。

これらの問題を人工的な第三者プロセスで解決しようとするのは、本当は単純で付加価値のあるプロセスであるものに対して、複雑でコストがかかり神秘的な層をつけ加えることに役立つだけです。それなら、新案装置類の使用は横に置き、市場で次第に大きくなってきている認証に対する幻滅―認定システムの無力とパフォーマンスの低さーの本当の理由に焦点を当てましょう。

これを「あまりにも困難な」領域に落ち込んでしまって取り組まれずにいると考える人もいますが、他のどのようなアプローチも絆創膏以上のものとはなりません。ビジネスでは、組織がうまく働かないときに適用される古い格言があります。これはどこにその原因があるかを示すものです。つまり「魚は頭から腐る」のです。これにたとえると、審査員は明らかに尻尾になります。もしも認証産業が、審査能力の問題に対して適切で、実行可能な、長期の解決をほしいのなら、尻尾はそのままにしておいて、反対側の問題に取り組まなければなりません。

最近アメリカ、アトランタで開催されたAmerican Society for QualityのISO 900サミットの中で行われた、審査員の力量のライブ・パネル・ディスカッションの詳細はここをクリックしてください。ディスカッションの司会者は QSU Publishingの社長、Paul Scicchitano氏です。QSU Publishingに関する詳細は、こちらをクリックしてください。

筆者について

Simon Feary は、 1994 年から IRCA のディレクターを務めています。現在は IATCA の後継機関である IPC の役員を務めています。

この記事は ISO Mangament Systemの7-8月号に掲載されました。詳細はこちらをご覧ください。http://www.iso.org/iso/en/iso9000-14000/ims/ims.html

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