監査のプロセスアプローチは幻の存在か?
「プロセスアプローチ」については、いくつかの規格のガイダンス文書で言及されていますが、品質マネジメントシステムの監査をプロセスアプローチで実施するという点については定義されていません。アンディ・ニコルズ (Andy Nichols CQP FCQI) がこのパラドックスに迫ります。
ISO 9001規格が最初に発行されたとき、そのテキストは、それ以前の要求事項、すなわち、文書化された手順の必要性に言及した米国政府の「MIL規格」 (Mil-Q-95858) や英国の「Def Stans (英国国防規格)」にしっかりと根ざしていました。
その後、ISO9001は、品質マネジメントプロセスの「相互のつながりと相互作用」を組織が定義する必要性を反映するように変更されました。ISO/TS 9002やISO 19011のような規格や関連のガイダンス文書のさまざまなテキストにおいて、「プロセスアプローチ」は、品質マネジメントシステムの開発や実施方法、そして監査に適用できるものとして言及されています。
品質マネジメントシステムの監査を実施する際にプロセスアプローチに基づくことが無理筋なのは、それが何であるかについての説明がないからです。ISO 19011の箇条3「用語及び定義」を見ても、何が含まれる可能性があるかを説明する項目はありません。プロセスを監査する際には、以下のごく基本的な点を考慮することができると推測されます。
スクランブルエッグを作るという単純な例に当てはめれば、インプットは生卵、アウトプットは調理された (そしてスクランブルされた) 卵と考えることができます。プロセスアプローチを説明するにはこれで十分でしょうか?プロセスを 「ブラックボックス 」のように扱うことはできるでしょうか?それとも監査員はプロセスの 「内部 」で起こっていることにアクセスする必要があるでしょうか?
議論のためにこのプロセスをさらに進めると、卵の準備と調理の手順は次のようになります。
- 殻から卵を取り出す。
- ボウルに入れる。
- 泡立て器で混ぜ合わせる。
- フライパンを熱する。
- フライパンにバターを加える。
- フライパンに卵を入れる。
- かき混ぜながら調理する。
- 火が通ったら皿に盛る。
監査員は、スクランブルエッグを作っている人を観察して、これらの手順が守られているかどうかを確認できるかもしれません。これで「プロセスは順守されている」ということで、組織の経営陣に報告もできます。
ISO19011の附属書A.2 「監査に対するプロセスアプローチ」では、「マネジメントシステム監査とは、一つ又は複数のマネジメントシステム規格に関係する組織のプロセス及びそれらの相互作用を監査することであることを、監査員は理解することが望ましい」としています。
ISO 9001 の他の部分が「相互作用」するとして適用可能な場合の影響を理解すると、(順番に) 次のようになります。
- 4.0 組織の状況
- 4.1 意図した結果を達成する組織の能力に影響を与える、外部及び内部の課題
- 4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
- 4.3 品質マネジメントシステムの適用範囲。
- 4.4 品質マネジメントシステム及びそのプロセス...
ちょっと待って!これが適切なわけがないでしょう。
別の方法を試してみましょう。
卵は外部提供者から提供されます (8.4)。この組織は農場に卵を注文しています。毎日合計48個の卵が届けられます。監査員は農場への発注書を見て、「中サイズの卵4 ダース」という記述をチェックする必要があるでしょうか?監査員は、農場が常に48個の卵を納入しているかどうかをチェックする必要があるでしょうか?破損を防ぐために適切な梱包がされていましたか?殻は割れていませんか?アヒルの卵でもダチョウの卵でもないーつまり正しく識別されていますか?
この監査は「適用範囲の変形 (scope creep)」に悩まされることになります。当初の課題はスクランブルエッグのプロセスを見ることだったのに、今やサプライチェーンにまで範囲が広がっています。スタート時の時間配分はどうなるのでしょうか?
もうひとつの視点、つまり顧客の視点を考えてみてもいいかもしれません。
スクランブルエッグは、客がメニューを確認したり、ウェイターが好みを尋ねたりした後で、注文されることがよくあります。これは、ISO 9001の 8.1「製品及びサービスの要求事項」に関する要求事項です。監査では、スクランブルエッグに対する顧客のニーズ及び期待について、顧客とコミュニケーションをとるという追加的なプロセスも検討するでしょうか?数量、納品、さらにその合意の記録 (文書で注文されていないので)。それも「適用範囲の変形」ではないでしょうか?そして、だれがメニューを作成したのかという質問ですが、これは文書管理の要求事項で取り扱うことになるのでしょうか?
経営層がスクランブルエッグの製造工程を監査することを欲しているのであれば、監査員はそれを行うべきではないでしょうか?
再びISO19011に目を向けると、監査に関するガイダンスであるにもかかわらず、この規格にはプロセスとして何が起こるのかがまったく記述されていないことがわかります。例えば、監査プロセスへのインプットについての記述はありません。これは、監査の活動が3つの個別のプロセスから構成されており、それぞれが個別のインプットとその結果としてのアウトプットを持つためと考えられます。
- 監査の準備
- 監査
- 監査報告
個々のプロセスとして考えると、次のように表現するのが最も適切かもしれません。
監査へのプロセスアプローチを理解するためのより良い方法は、組織の経営層が監査員の報告書から何を聞きたいか、何を学びたいかを問うことかもしれません。しかる後に、インプットを定義する作業に戻ることができます。この例では、経営層は、スクランブルエッグがすべてのシフトにおいて同じプロセスで一貫して製造されていることを確認したいと思っているのかもしれません。その場合は:
- 監査範囲: スクランブルエッグの調理
- 監査基準: スクランブルエッグのプロセス
- 監査目的: 3つのシフト間の一貫性を確認すること
監査の準備の際に、監査員が品質マネジメントシステムの他の部分を無視するという意味ではありません。実際、ISO19011の附属書2によれば、監査員は、他のプロセスとの相互作用を認識する必要があり、それには次のようなものが含まれます。
- 必要であり作成された文書の管理
- 順守しなければならない規制など、品質にとって重要な項目 (例えば、卵の保存温度 (米国では必須) など)
- 品質マネジメント システムに影響を与える変更 (例えば、最近シフトに加わった要員など)
- 設備の管理 (メンテナンス) 及び製品が損なわれ、検査に不合格となった場合 (不適合)
- 過去の監査所見 (該当する場合)
これらに加えて、品質マネジメントシステムのいくつかの部分の運用を追加で観察する必要があるかもしれません。ここで危険なのは、「適用範囲の変形」と同様に、時間管理が問題になることです。スクランブルエッグの製造プロセスを監査するよう任命される監査員が、人事部のフィアルに記録されている作業員の力量やトレーニングについて質問し始めたら何が起こるでしょうか。
これは、監査員は他のプロセスで問題を示す症状を確認するアクションを起こすべきではないと言っているのではありません。経営層への報告の中で、そのようなことを報告する道があるはずです。
どうやらプロセスアプローチが成功するかどうかの答えは、監査範囲、基準、目的を明確にする責任をもつ監査プログラムをマネジメントする人次第だということのようです。また、監査プログラムをマネジメントする人は、監査員が監査に臨むにあたって「周囲の状況を認識」していることを確認する必要があります。これはおそらく、監査対象のプロセスに関する偏見のない知識を持っているかに掛かっています。