CEO ブログ 監査/審査とは「聴くこと」
CEO ブログ 監査/審査とは「聴くこと」
組織運営の失敗が世間の耳目を集め、コーポレートガバナンスという言葉が人々の口の端に上っています。CQI|IRCA CEO のヴィンセント・デズモンドが監査 (audit) の語源に遡り、考察します。
Vincent Desmond, CEO CQI|IRCA, 9 February 2018
昨今の英国の建設大手カリリオンの破綻や日本のデータ改ざんに見られる、組織運営の失敗例をきっかけに、コーポレートガバナンスに社会の関心が集まっています*。企業の不健全な行動や間違った判断に対して、政府、投資家、顧客や社会からはますます厳しい目が向けられています**。こういった感情は、一方ではかつてないほど過酷なビジネス環境により、他方ではインターネットやソーシャルメディアでさらされることにより煽られ、ますます高まってきています。
Mastering the Management System
しかし、これは何も今に始まったことではありません。私は2008年1月の『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載されたロバート S. カプラン Robert S. Kaplan とディビッド P. ノートンDavid P. Norton による論文、Mastering the Management System (日本では、『戦略と業務の統合システム』の題名でオンデマンド販売されている) を想起しました。
この論文中、カプランとノートンは「問題あるオペレーションについての議論が始まると、優れた戦略の実施についての議論は否応なく脇に追いやられてしまう。企業がこの罠にはまると、歩みが止まり、四半期ごとの数字を達成しても、未達成であっても、よりよい成長の機会を生み出すために自分たちの戦略をどのように変えていくか、あるいは短期的な財務上の不足のパターンをどのように打破するかについて検討しないようになってしまう。すると、アナリスト、投資家や取締役会のメンバーは企業の経営層の問題解決能力やコミットメントについて疑問を投げかけはじめるようになる。しかし、経験から言うと、企業のマネジメントシステムの機能不全こそが企業の伸び悩みの原因であり、管理職の能力や努力の欠如の問題ではない。ここで言うマネジメントシステムとは、企業が戦略を策定し、それをオペレーションの活動に落とし込み、戦略とオペレーション両方の有効性を監視し、改善するために使う一連のプロセスやツールのことを指す。」
戦略をオペレーション (業務) に落とし込むためには
この論文の発表から10年を経て、より複雑化、困難化し、変化が速くなったビジネス環境において、クローズドループマネジメントシステム活用の必要性が取締役会にとってかつてないほど重要になってきています。戦略、方針及び価値を設定したら、取締役会は (自分たちの設定したそれらを本当に信頼しているのであれば) 戦略を「オペレーションの活動に」落とし込み、「戦略とオペレーション両方の有効性を監視し、改善する」ための堅固なメカニズムをもつ必要があります。その際には、役員会は下記の問いを自らに問いかけなければなりません:
- 自分たちは、すべての方針 (品質、財務、安全、セキュリティなど) が組織の業務の実施方法に組み込まれていることを説明できる統合マネジメントシステムをもっているか?
- 自分たちは、方針を達成し、リスクを特定するようにシステムが機能しているかどうかをチェックするための統合された保証の枠組み (測定、レビュー、内部監査、外部審査など) をもっているか?
- 自分たちは、システムのパフォーマンスを評価し、そしてより重要なこととして脅威と機会という両方のリスクを評価する保証の活動から正しい情報を得ているか?
- 自分たちの改善への投資は、脅威と機会への対応にフォーカスしているか?
なぜ、取締役会はこれらの問いを問いかける必要があるのでしょうか? 第一に、社会、行政及び株主がそうすることを望んでいるからです。そして、新しい法令、政策や規制によりますますそうすることが要求されるようになってきています。第二に、クローズドループシステムは取締役会と取締役に自信と実態を見抜く力を与え、カプランとノートンが描いたような状況を防ぐことができるようになります。組織がすでにこういったシステムを整備している場合、リスクマネジメントのため、そして組織があらゆる階層におけるパフォーマンス、学習及び改善を確実に評価する方法として、要するに、枕を高くして眠ることができるよう、取締役会がそのシステムを適切に使うことは理に適っています。
"audit"とは"audire (聴くこと)"
英語の「audit」という言葉は、今は実務者レベルのチェックという言葉と同義語になってしまいました。実は、audit という言葉はラテン語の「聴く」 (audire) という言葉が起源であり、過去の時代に関連しています。数世紀前には、収支の確認は書面ではなく、口頭で行われていました。この語源である「聴く」というコンセプトは重要です。なぜなら、組織が策定している監査/審査及び保証の枠組みを利用すれば、取締役会は組織、システム、プロセス及びステークホルダーの声を「聞く」ことができるということだからです。グローバルなサプライチェーンをもち、さまざまなステークホルダーの要求事項を満たす必要のある、大きく複雑な組織の取締役会は、自分たち自身がすべての場所にいつでもいるというわけにはいきません。したがって、このような組織の取締役会には声を聴くためのメカニズムが必要なのです。
CQI|IRCA は、英国においては取締役協会 (Institute of Directors) を通じて、また、国際的にはコーポレートガバナンス規格の策定を担当する新しいISO の取組みを通じて、コーポレートガバナンスにおける意思決定を支援するツールとしての、オペレーショナルマネジメントシステムの有用性を喧伝するよう努めてきました。今後も、これらの取組みの進捗を皆様にご報告していきます。
*注 1 * OECD: コーポレートガバナンスは、会社経営陣、取締役会、株主及びその他のステークホルダー間の関係に関わるものである。コーポレートガバナンスはまた、会社の目標を設定し、その目標を達成するための手段や会社の業績を監視するための手段を決定する仕組みを提供するものである。(OECD コーポレートガバナンス原則) |
**注2 ブラックロック社 ラリー・フィンク (Larry Fink, BlackRock) 「目的意識なくしては、公的な組織であれ、民間企業であれ、いかなる組織も、その可能性を最大限に達成することはできない。最終的には、主要なステークホルダーとの取引を失うだろう。利益を分配するという短期的なプレッシャーに屈し、その過程で、長期的な成長に必要な従業員の育成、イノベーション、設備への投資を犠牲にすることになる。」 https://lnkd.in/g4n5avm マッキンゼー 「信頼を回復することが肝要だ。景気が回復してきても、異なる方向に向かう力は残存し、多数の国において反グローバリズムの感情が広がり、政治家と政治制度への不信がはびこっている。」 https://lnkd.in/gepzdNC メトリックストリーム (MetricStream) 「消費者は規制当局者が指示しているよりも高い水準を企業が満たすことを期待していることに、企業は注意を払わなければならない。企業は、GRC (Governance, Risk and Compliance) プログラムの中心にある、顧客の感情、思考及び信用に関わるリスクを考慮する必要がある。」 https://lnkd.in/gi5FJSt 英国政府: 「本日 (2018年1月30日)、政府は、大手民間企業の運営方法の大胆な変革を推し進める新しい産業グループの議長にジェイムズ・ウェイツ CBE (James Wates CBE) を任命したことを発表する。英国政府の進める世界トップレベルのコーポレートガバナンス改革政策の一環として、ジェイムズ・ウェイツは財務報告審議会、取締役協会 (Institute of Directors)、トレードユニオン会議などと協力して、大手民間企業のための英国初となる一連の指導原則を策定する。この自主原則により、期待されている高い水準に達していない少数の企業に対する懸念に対処し、大手民間企業が透明性を保ち、説明責任を果たすことを確実にする。」https://www.gov.uk/government/news/new-industry-group-chairman-appointed-to-help-improve-how-large-private-companies-are-run ブルームバーグ: 「日本のコーポレートガバナンス改革は徐々に進みつつあり、事業競争力強化のための政府の努力は成功の兆しを見せている。東証一部上場のほとんどの企業の取締役会には、少なくとも2人の社外取締役がおり… グッドガバナンスの精神 (単なるお飾りではなく) をもつ企業は、より大きな成長を遂げることができるだろう。」https://www.bloomberg.com/professional/blog/japans-corporate-governance-overhaul-2/ |