製造業における人的要因 – パート2
2回シリーズでお送りしている『製造業における人的要因』のパート2では、ヒューマンエラーの根本原因に効果的に対応するにはどうしたらよいか、自分の組織の人々のモチベーションを上げるためにはどうしたらよいかを見ていきます。
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作業者のモチベーションを鼓舞する – 実用心理学
1つあるいは2つ以上の人的要因の結果として起こるヒューマンエラーは何より発生を防ぐのが肝要だというのは明らかです。パート1でご紹介したモデル (石川ダイアグラム、Whyツリー、それ故にテスト、FMEA と蝶ネクタイモデル) の1つか2つ以上を体系的に活用することにより根本原因を決定すれば、堅牢な「管理策」を整備することができるかもしれません。
しかしながら、私たちが対応するのは、人的要因の影響下にある人間ですから、管理策を整備してもヒューマンエラーとそれによる悪い結果が起こることもあり得ます。私たちに必要なのは、手直し不要なパフォーマンスを保証するために私たちが計画した堅牢な管理策を順守する意欲のある作業者です。
問題は、どうやって作業者のモチベーションを上げるかということです。ここで、マズロー (エイブラハム・ハロルド・マズロー Abraham Harold Maslow はアメリカの心理学者で、欲求五段階説/自己実現論 Maslow’s hierarchy of needsの提唱者として有名です) とハーツバーグ (フレデリック・アーヴィン・ハーツバーグ Frederick Irving Herzberg はアメリカの心理学者で、ビジネスマネジメントの分野でもっとも影響力のある人々の1人に数えられています) が登場します (図6参照)。
図6
マズローの欲求5段階説は人間の欲求の5段階のモデルからなります。これはしばしばピラミッドの形をした階層型のモデルとして描かれます。より高位の欲求に関心が向くためには、ピラミッドの一番下の欲求が満たされていなければなりません。階層の一番下から、生理的欲求、安全の欲求、愛及び所属の欲求、承認の欲求、そして自己実現の欲求と上へ向かいます。
ハーツバーグは、マズローの理論を基にして、下位の3つのニーズが職場で満たされても、それだけでは人は満足しないことを示しました。例えば、最低給与水準や安全で快適な労働条件は「当然のことだ」と見做されます。それよりも、達成、認知、責任、進歩と仕事そのものの性質に関連した2つの高位の心理的ニーズを満足させることを求めます。
マズローの欲求5段階説とハーツバーグの実践的な研究から、人に何かをやらせることはできない (モチベーションはその人自身から出るものです) けれども、その人に影響を与えることはできるということがわかります。これは、思考、感情、行動 (つまり行うこと) と私たちの体がどう感じるかということが関連しているかという理論に基づく、さまざまな「トークセラピー」からなるCBT (認知行動療法 cognitive behavioural therapies) の基礎となる考え方です。思考、感情、行動とどう感じるかということのうちの1つが変われば、ほかのものも変わる可能性があるということです。その結果、「間違った」 (つまり否定的な) 考え方や感情 (つまりものの見方/マインドセット)は個人の知覚に直接的な影響を与え、誤った行動の悪循環 (つまり仕事で何回もヒューマンエラーを起こす) に陥らせるということになります。
製造現場で認知行動療法を行うために、セラピストの資格を取る必要はありません。認知行動療法が役立つことを確認し、どうすれば効果的に活用することができるかを理解しさえすればよいのです。いうまでもなく、考え方と感情は当該要員の内面にあり、その活動に自分自身は気が付いていない可能性があります。
人の行動 (その人が何をし、何をしないか) と結果 (どのくらいうまくやったか) は外に現れます (そして通常、観察し、測定することができます)。そのため、行動と結果に集中し、もし物事がうまく行かず、問題が発生したときには、目的に応じた/状況のフィードバックを作業者に提供します。ケン・ブランチャード (Ken Blanchard アメリカの著述家でマネジメントのエキスパート) の言葉に、「Feedback is the breakfast of championsフィードバックは、勝者にとっての朝食 (のように必要不可欠) である」というものがあります。人々に返すフィードバックは多ければ多いほどよい、ただし、そのフィードバックは客観的であり非難がましいものでない必要があります。
人的要因が決定したら、作業者は事象/ハザードを確実に防止するために、効果的な管理策を設計し、適用する責任を負い、同僚と協力しなければなりません。マネジャーは、作業者とのやり取りの1つひとつが作業者にとって1つの経験となるということを認識しなければなりません。
ティム・オートリー (Tim Autrey) が自身の著書『6-Hour Safety Culture』の中で示唆しているように、作業者の行動の結果に関連する「場面の状況 situational context」において、意図して作業者を「故意に」関与させることができます – つまり、「フィードバックループ」です。
TGW (things gone wrong うまく行かなかったこと) とTGR (things gone rightうまく行ったこと) に焦点を当て、ケン・ブランチャード (前述) の「1分間の叱責/称賛」アプローチに基づいて修正したプロセスを使うというアプローチは、十分に試行が重ねられ、うまく機能することが証明されています。
TGW (things-gone-wrong うまく行かなかったこと):
- どうしたらよいのかを各自に知らせるようにするということを事前に伝え、会社がヒューマンエラーを調査するときには、個人をとがめることなく、体系的な方法で調査するということを強調する。
- 事象/ハザードが判明したときには、関係のある要員を直ちに関与させ、真の根本原因の追究に参加させる。
- 原因を決定したら、関連する人的要因を特定し、それがどのように影響したかを説明する。
- 確定した原因に焦点を当て、 (i) 事象/ハザードが再発するのを防ぐ、(ii) 起こってしまったときの結果を軽減することができる代替活動の開発に関係のある要員を関与させる。
- 洗い出した根本原因を恒久的に正すためにもっとも効果的な解決策を選定、採用して、再発しないようにする/検知できるようにする。
- 自分は誠実に、関係する要員の側に立つことを伝え、関係する要員自身と事象/ハザード予防に関する彼らのインプットを自分がどのくらい大切にしているかを認識してもらう。
TGR (things-gone-right うまく行ったこと)
- まず人々に、彼らがどのようにするかを伝えるつもりであることを話す。
- 重大なインシデントが発生したとき、率先して、(i) エラーが起こるのを防ぐ、あるいは (ii) 安全に係る情報を明らかにした人がいることを見つけたら、直ちにその人を褒める。
- 人々が適切に行っていたら、具体的にそれが適切であるということを伝える。
- 人々が適切に行っている (適切に行動している) ことについて、またそれが組織や組織で働く他の人々や顧客にとってどのように助けになっているかについて自分がどう感じているかを人々に伝える。
- ちょっと沈黙し、一息ついて、自分がどれほど満足しているかを人々に「感じて」もらう。
- もっと同じようにするよう人々を励ます。
- 組織内での人々の成功を自分が支持していることをはっきり示すために、握手、あるいは、他の適切なジェスチャーをする。
「十人十色」という諺を思い出してください。個人にどうやってフィードバックするかは、ある程度その人に合せる必要があるでしょう。しかし、一貫性もなければなりません。目的や状況に応じてフィードバックすれば、モチベーションに影響を与えることができます。
モチベーションを上げるための原則
モチベーションを高めるための重要な第一歩として、組織は「ジャストカルチャー (a just culture 公正な文化)」を確立し、維持しなければなりません。公正な文化の中では、作業者は安全に係る重要な情報を提供することを奨励 (さらには報奨) されるとともに、許容できる行動と許容できない行動との線引きがはっきりと示されます。
このような空気の下では、以下のことに関して作業者の倫理的な行動が自然と育まれます。
- 他の人々の安全と生命は作業者のスキルと判断に左右されるという事実を強調する
- 作業者は自分の権限や知識の範囲を超える仕事を決して請け負ったり、承認したりしない
- 作業者は、前工程、検査あるいは試験について疑いがある場合、いかなる製品も決して次工程に渡さない
作業者に常に肯定的なフィードバック (TGW/TGR) をすることで、作業者は以下のような重要な原則を適用するようになります。
● 前向きな情熱:
○ すべてのことについて、パフォーマンスを改善するための途切れることのない持続可能な意欲
● 人に左右されない思考:
○ 自分に責任をもつ – 何でも質問し、理解し、変革しようとする
● 正直さ:
○ 個人を責めない環境 (公正な文化) の中で、何事も隠し事をせず、エラーを直ちに認める
● 完全性:
○ 常に、適切なことを、適切な方法で、適切な理由のもと行う
● 安全性:
○ 他の人の安全と生命は、己のスキルと判断に左右されるということを知っている
● 正当性のチェック:
○ 活動が適切かどうかをすばやく評価する迅速な試験
● KISS (keep it short & simple 短く、簡便に):
○ 複雑なことは単純に、かつ、具体的で目に見えるようにする
ISO 9001:2015 の中核の概念を人的要因に当てはめる
ISO 9001:2015 とそれに基づくすべての規格 (例えば、AS9100:2016シリーズ及びIATF 16959) の中心には次の3つの中核概念があります。
- リスクに基づく考え方
- プロセスアプローチ
- PDCA
私たちがヒューマンエラーとその原因、すなわち人的要因に関連するこの2つの記事の中で検討してきたすべてのことの根底にこれらの概念があります。これらの概念は下記のように適用されます。
リスクに基づく考え方
ヒューマンエラーに結びつく可能性 (ハザード) のある人的要因を常に探し求め、確認されたヒューマンエラー (事象) を引き起こした実際の人的要因を決定し、発生/再発を防止する処置を取る。
プロセスアプローチ
「If you cannot define what you are doing as a process, you do not understand what you are doing 自分が何をしているのかをプロセスとして説明できないなら、自分が何をしているかをわかっているとは言えない」というエドワーズ・デミングの言葉を忘れない。ヒューマンエラーを引き起こす、あるいは引き起こす可能性がある人的要因を、プロセスを改善することにより取り除くよう常に努力する。
Plan-Do-Check-Act (PDCA)
Plan: ヒューマンエラーが起こる可能性のある状況 (つまり、ハザード/事象の前兆や前提) の原因となる人的要素を特定する。
Do: ヒューマンエラーに関連するKPI (key performance indicator) とその目的を明確にする。その際には、これらが何であるかを作業者がわかるようにしなければならない。
Check: ヒューマンエラーに関連するKPI を監視し、測定する。目的に対して好ましくない結果 (TGW) と好ましい結果 (TGR) に基づき作業者あるいはチームに個別にフィードバックをし、必要に応じ、改善計画について合意を取る。
Act: パフォーマンスを改善する (ヒューマンエラーゼロ) ために必要な処置を取り、その後の進捗を監視し続ける。エドワーズ・デミングの言葉、「It is not necessary to change, survival is not mandatory 必ずしも変わる必要はない、生き残ることは強制ではないのだから」。
最後に、関係する知識を有する人の専門知識を用いて、人的要因を分析し、効果的な管理策を策定します。その結果できたプロセス (業務慣行) はこのプロセスを知る必要がある人々、つまりステークホルダーに知らせなければなりません。例えば、特定部門の従業員といったステークホルダーが関与することなしに、ヒューマンエラーを撲滅する、あるいは、もし起こったときに、影響を最小限に抑える、そして将来の再発を防ぐことはできません。
著者について: デイビッド・スクリムシャー (Dr David Scrimshire) は、TEC Transnational Ltd の代表取締役です。TEC Transnational Ltdは製造システムと品質システムの実施、及びそれらのシステムを運用する要員のトレーニングを専門とする企業です。
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