持続可能性とクオリティ4.0の時代におけるクオリティプロフェッショナル
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Deming Special Interest Group (Deming SIG) のメンバーであるクリストファー・チナプー (Christopher Chinapoo CQP FCQI) 氏とケヴァン・リーチ (Dr Kevan Leach) 博士が、持続可能性の時代にクオリティプロフェッショナルが活動するために必要なスキルと役割を考察します。
品質マネジメントの分野は常に進化し続けていますが、W.エドワーズ・デミング博士の哲学は、特に持続可能性とクオリティ4.0の出現という文脈においても、共感を呼んでいます。
ここでは、クオリティプロフェッショナルの既存の力量が、現在の持続可能性の時代において、どのように持続可能性の推進を可能にするのかということ、また、テクノロジーと持続可能性の要求の統合を特徴とする、クオリティ4.0に焦点を当てることを目指しています。デミングの洞察を参照しながら、クオリティプロフェッショナルの進化する役割を探求し、循環性、環境責任、製品及びサービスのライフサイクル分析を組み込んだ包括的なシステムベースのアプローチの必要性を説いていきます。
さらに、持続可能な技術革新 (イノベーション) を実現し、長期的な組織目標を達成するうえで、クオリティプロフェッショナルが引き続き適切で有用なリーダーであり続けるための価値提案にとって不可欠なシステム思考、データ分析、協調的な問題解決などのカギとなり、力量をさらに開発する必要がある分野を提案します。
目的適合性
デミングは、品質を「目的適合性」と定義し、『The New Economics (邦題: デミング博士の新経営システム論: 産業・行政・教育のために)』の中で、製品やサービスが誰かの役に立ち、良好で持続可能な市場を享受している場合、その製品やサービスは品質を備えていると強調しました。持続可能性、技術革新、そして技術的進歩の統合の必要性がますます高まる世界を生き抜かねばならない今日において、この視点はいっそう重要なものとなっています。
デミングの洞察は、産業、競争力、技術革新、持続可能性が品質と複雑に結びついていることを認識する点で深遠なものです。つまり、今日では品質のための設計、品質のためのマネジメント、組織内および組織の境界を超えた品質のマネジメントが求められているということです。
デミングは、経済的繁栄のために再生不可能な物質に依存することはつかの間の恵みにしかならないと予見し、長期的な解決を望むなら未来からの借り入れで生活すべきでないと訴えました。その先見の明により、製品、事業、サービスの持続可能性を考慮することの重要性を強調し、クオリティプロフェッショナルとっての道標となっています。
今日の状況において、クオリティプロフェッショナルやリーダーたちは、ネットゼロのサービスや製品を提供し、排出量を削減し、商品の循環性を高め、生産とサプライチェーンの持続可能性を確保するようにという期待の高まりに直面しています。
こうした課題を乗り越えるには、サプライチェーンやバリューチェーン全体を通じて製品のトレーサビリティを確立し、維持し、ビジネスエコシステム全体のパートナーとして、環境に配慮した持続可能な慣行を追求する上での説明責任と透明性を確保するための協調的な取り組みが必要です。
現在の状況はまた、サイバネティクス、サイバーセキュリティ、産業用モノのインターネット (IoT)、自律型ロボット、ビッグデータ分析、クラウドコンピューティング、3Dシミュレーション、拡張現実などの技術的進歩の加速的な導入と統合によって特徴付けられています。
このような新規技術導入の急増は、自動化とデジタル化が顧客満足と品質向上の万能薬になるという通念があるからです。しかし、顧客ははるかに目が肥えており、デジタル化などの魅力は時間の経過とともに顧客の視野からすぐに消えてしまうでしょう。この点は、品質マネジメントの講師でありコンサルタントでもある狩野紀昭氏が1980年代に品質の側面を分類して的確に示しており、これは後に狩野モデルとして知られるようになりました。
リーダーはこの思い違いを超越し、品質中心の企業文化を育むことに注力しなければなりません。信頼性、均一性、耐久性だけでなく、持続可能性、循環性、リサイクル性、再利用の原則に則った製品やサービスの設計に重点を置く必要があります。今、リーダーはこれまで以上に、環境に対する責任と顧客中心の卓越性への戦略的な取り組みを通じて、テクノロジーと品質の交差する地点を切り開いていかなければなりません。
製品のライフサイクル全般にわたる分析が、クオリティプロフェッショナルにとって中核的な技術的力量として台頭してきています。ネットゼロ目標、材料採取の削減、循環型経済原則の採用、気候変動リスクへの対応にますます関心が高まっている世界において、製品の製造から廃棄に至るまでの環境影響を理解することは極めて重要です。クオリティプロフェッショナルには、ライフサイクル全体を包括的に理解し、製品が持続可能性の目標に確実に貢献できるようにすることが求められています。
持続可能性の向上に向けた移行を進め、気候変動リスクに対処するには、戦略的なアプローチと、システム、人々、心理文化、そしてさまざまな状況や文脈の中で人々がどのように学び、考え、感じ、行動するかについての理解を深める必要があります。
クオリティプロフェッショナルは、この進化する状況をリードし、共に設計し、共に創造し、促進するために、重要な学際的、あるいは横断的な力量を身につけなければなりません。
カギとなる力量
ここで、ますます重要度が増してくる力量をいくつかご紹介します。
- システムに関する力量の理解 Appreciation for systems competency
複雑な持続可能性の問題に効果的に対処するためには、リーダーは、変化の要因、因果関係の構造、フィードバックループ、相互依存性および連鎖効果などの要素を考慮しながら、複数の領域や規模にわたるシステムを分析する能力を身につけなければなりません。 デミングの視点に立てば、システムとは相互依存的な構成要素のネットワークであり、共通の目的に向かって共に働くものです。
この目的は、システムの全メンバーによく理解されていなければならず、長期的な計画を含むものでなければなりません。システムのマネジメントを成功させるには、行動や意思決定の原動力となる人的要素を含め、これらの構成要素間の関係について深い知識が必要です。適切なマネジメントがなされなければ、システムの構成要素が孤立したり、競合したりして、システム全体が弱体化し、目的を達成する能力が損なわれる可能性があります。
システム最適化のカギは、競争ではなく協力にあります。システムは相互につながり、相互作用し、関連し合い、統合されています。私たちは、部分的なマネジメントや改善に重点を置くことから脱却しなければなりません。部分的なマネジメントはしばしば全体を損なってしまいまうからです。
さらに、競合他社との関係も含め、システムは組織の境界を超えて広がっています。市場を拡大したり、満たされていないニーズに対応したりするために協力することで、競合他社は協力して成果を最適化することができます。デミングは、システムのどの部分も等しく重要であるということを強調しました。このことは、システム思考と統合的アプローチの重要性を浮き彫りにします。
つまり、リーダーは目先の問題に対応するだけでなく、長期的な影響や根本原因を考慮する必要があるということです。相互依存関係、フィードバックループ、変更要因をどのようにマネジメントするかについて理解を深めることは、複雑で進化する課題、特に持続可能性に関連する課題を乗り越えるために不可欠です。 - 未来を考える能力 Futures-thinking competency
慣性や経路依存性、引き金となる出来事を考慮しながら、将来の展開を探り、持続可能性の問題が時間とともにどのように進展するかを予測する能力。 - 価値思考の能力 Values-thinking competency
環境スチュワードシップ、正義、公平性、多様性、包摂性(EDI)を重視した持続可能性の価値、原則、目標、ターゲットを特定し、適用する能力。 - 戦略的思考及びマネジメントの能力 Strategic-thinking and management competency
レバレッジポイント (より少ないリソースでより大きく持続的な成果をもたらす介入場所)、パワーダイナミクス (権力構造の変動)、不確実性、社会的及び組織的学習を考慮し、持続可能性に向けた変革的な介入と移行を設計及び計画する能力。 - 対人能力 Interpersonal competency
協力的かつ参加型の持続可能性探求と集団的な問題解決プロセスを動機付けし、促進し、学際的なコラボレーションと多様な認識方法を育成する能力。チームとチームダイナミクスを理解する。 - 自己の内的能力 / 考え方 (マインドセット) Intrapersonal competency/mindset
感情的知性 (EI、心の知能指数 EQ とも言う) を活用した自己認識、内省、継続的改善など、持続可能性のための変革媒介者として積極的に関与する能力。 - 心理学の能力 Psychology competency
人々がどのように学習し、考え、感じ、感情的及び神経学的に反応するかといった人間的要素を理解することは、持続可能性のために行動を管理し、鼓舞し、行動変容を持続させる上で極めて重要です。この能力には、感情的知性を用いて、内発的な動機づけを育み、抵抗に対処し、集団行動を推進する有意義なつながりを生み出すことが含まれます。心理学は、リーダーが人間の問題に対処するのに役立ち、長期的な関与と変革の取組みを維持するために不可欠です。 - 統合と実施の能力 Integration and implementation competency
他の人と協力して監視、評価、新たな課題への対処を行い、計画された解決策を長期にわたり共同で実現する能力。 - 統合的な問題解決能力 Integrated problem-solving competency
複雑な持続可能性の問題に対して適切な問題解決のフレームワークを選択し、それを適用して、問題分析、持続可能性評価、ビジョン策定、戦略構築を通じて、実行可能な解決策の選択肢を共同で作成する能力。 - チーム円滑に運営する能力 Team facilitation competency
企業であれ、非営利組織であれ、地域社会の取り組みであれ、チームの相互作用を導き、強化する能力は、共通の目標を達成するためのカギとなります。この能力には、多様な才能が開花し、アイデアが自由に交換され、集団的な成功が実現される環境を実現するというファシリテーターの力を高めるさまざまなスキルと戦略が含まれます。 - データの統合、分析、統合、及び事実/ 証拠に基づく意思決定の能力 Data synthesis, analysis, integration and fact/evidence-based decision-making competency
データの合成、分析、統合に習熟しており、複雑なデータセットから意味のある洞察を引き出す能力を備えます。事実に基づいた意思決定を行い、戦略目標をデータ主導の成果に結びつけて、情報に基づいた影響力のある結果を出すことに長けています。最先端技術と批判的思考を駆使し、組織の成功のためにデータを適切、倫理的かつ効果的に活用します。 - 第0段階のマネジメント能力 Stage 0 management competencies
デミングが『The New Economics』の第2版で紹介した「第0段階に向けたマネジメント」と「第0段階のマネジメント」は、継続的な改善を超えて、システムの再設計と変革に焦点を当てる必要性を強調しています。改善は不可欠ですが、キャブレターエンジンの例に見られるように、技術革新によって古いシステムが時代遅れになる可能性がある、急速に進化する世界では、漸進的な変化だけでは不十分であることをデミングは強調しました。
第0段階は組織を再構築する出発点であり、リーダーには、進化する顧客ニーズに対応するまったく新しいシステムを構想し、創造するために、 (価値/強味を見出すための質問を投げかける) アプリシエイティブインクワイアリー、デザイン思考、エコデザインなどの能力を取り入れることが求められます。
第0段階を効果的にマネジメントするために、リーダーは、PDSA (Plan、Do、Study、Act) サイクル、顧客発見、イノベーションポートフォリオとエコシステムのマネジメントを通じて、実験と技術革新の文化を醸成しなければなりません。この先見的なアプローチにより、組織は漸進的な改善と、長期的な変革につながる大胆で破壊的な技術革新のバランスをとることができます。
これらの能力を開発することで、組織は変化を先取りし、未来を再構築し、持続可能なだけでなく、市場やテクノロジーの変化に強いシステムを設計することができます。デミングは的確にアドバイスしています。「私たちは、どのような製品やサービスがより顧客の役に立つかを問い続けなければならない。私たちは未来について考えなければならない。5年後、私たちは何を作っているだろうか?10年後は?」
一見すると、これは望ましい属性の長い買い物リストのように見えます。しかし、成功するチームのカギとなる要素を探求するGoogle のプロジェクト・アリストテレスのリーダーであるジュリア・ロゾフスキーや、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授によれば、知識も重要だが、成功のカギは、高い対人スキルを持ち、組織の真の目的に焦点を合わせ、自分たちが意義のある仕事に従事していると自覚しているメンバーで構成されたチームです。
統合、コミュニケーション、コラボレーション
複雑な課題を解決するには、多様な視点と専門知識を統合して、機会を特定し、革新的な解決策を見つけ、マネジメントし、展開し、継続的に改善する必要があるために、今日の品質環境では、多分野かつ学際的であることが不可欠です。分野を超えたコラボレーションによりシステムに対する理解が深まり、組織は相互依存的に対処し、持続可能な改善を推進できるようになります。
今や統合、コミュニケーション、コラボレーションの時代となり、革新的なアプローチがますます重要性を増し、顧客満足の中心となっています。クオリティプロフェッショナルは、サイロ化した思考やアプローチ、変更/変革のない状態を維持しようとする欲求と闘い、状況に応じたテクノロジーを活用し、集団的及び個人的な能動的学習やリーダーシップスキルの獲得を常に行い、クオリティ4.0と持続可能性の複雑な状況を乗り越えなければなりません。
データの統合と分析を採用し、創造的なプロセスを促進し、変更/変革を効果的にマネジメントし、設計とプログラミングにテクノロジーを活用することは、すべてこの変革の旅に不可欠な部分なのです。
さらに、クオリティプロフェッショナルは、デミングの「深遠なる知識のシステム (System of Profound Knowledge = SOPK)」の統合的な適用、チーム内の全体的かつ相互に結びついた関係、PDSAのような継続的改善手法の使用に精通していなければなりません。
クオリティプロフェッショナルは、適切な時に適切な場所でツールと判断力を巧みに使いこなし、チームと協調する能力を身に付ける必要があります。プロセスを監視し、検証し、管理する能力と、技術設計とプログラミングへの深い理解を組み合わせることで、クオリティプロフェッショナルは前向きな変化の触媒としての地位を確立します。
まとめ
結論は何かというと、今日のクオリティプロフェッショナルは、持続可能性とクオリティ4.0の時代に活躍するための多様な力量を備えていなければならないということです。時代を超越したデミングの知恵は、品質が持続可能性と同義であるということの必要性を強調する土台です。
システム思考を統合し、テクノロジーの進歩を受け入れ、協力的で持続可能な実践を促進することで、クオリティプロフェッショナルは、卓越性が永続的な価値と環境への責任と同義である未来に向けて組織を導くことができるのです。
何よりも、クオリティプロフェッショナルは、明日の企業の自律的なチーム構造の中で、完全に統合された幅広い役割を果たさなければならないということです。