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監査の多言語化と多様性の文化

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監査の多言語化と多様性の文化

監査の際のコミュニケーションにおける言語の壁をどう乗り越え、どう多様性に貢献してきたか。IRCAのOEA組織である、半導体製造装置メーカー・株式会社ディスコにお勤めのベンジャミン・クリフォード (Benjamin Clifford) さんにお話しを伺いました。2022年の国際クオリティ賞の Emerging Talent 部門のファイナリストに選ばれたクリフォードさんはもともとは通訳や翻訳を職業としていたそうです。なぜ監査員になったのか、そのキーワードは「コミュニケーション」でした。

ディスコ入社のきっかけは?

IRCA: ベンジャミンさんはもともと通訳や翻訳をされていらっしゃったということですが、株式会社ディスコに入社されたのには、何かきっかけがあったのですか?

クリフォードさん: 入社前の私は、東京でフリーランスの翻訳を在宅でしていました。しかし在宅ですから人との交流があまりありません。皆さんもコロナになってリモートワークでそれを経験されたと思いますが、私はコロナより前にそれを経験しました。

そこで企業に入って仲間と交流しながら仕事をしたいと思い、転職活動をしたところ、法律関係の企業、教育関係の企業、そしてディスコの翻訳チームの3つから内定をもらいました。

私は教育学部の出身で半導体についてのバックグラウンドは何もなかったのですが、ワークライフバランスに配慮し社員をとても大事にする社風、それからPIM (Performance Innovation Management) 活動という全員参加型の改善活動*や社内通貨 Willを用いた個人別採算制度など、他社にはない独自の取り組みに惹かれてディスコを選びました。特に印象的だったのは、面接の際の社内の雰囲気です。廊下で誰かとすれ違うと必ず挨拶をしてくれる。すごく親切で働きやすそうだなと思いました。(*株式会社ディスコの改善活動については以下の記事を参照のこと)

IRCA: そうすると半導体についてのバックグラウンドは特になかったけれどもディスコを選ばれたのですね。

クリフォードさん: そう。ゼロの状態でした。担当の業務は翻訳と通訳でしたが、翻訳をしながら技術や業界については自分で勉強して覚えていきました。これはディスコのいいところだと思いますが、OJT が多く、興味に応じて勉強することができました。

ベンジャミン・クリフォードさんさん


株式会社ディスコ
ベンジャミン・クリフォードさんさん (IRCA QMS Associate Auditor)

監査との出会い

IRCA: ディスコでも最初は翻訳と通訳を担当されていたということですが、その中で監査という業務に触れるようになっていったということでしょうか?

クリフォードさん: はい、翻訳の依頼は技術部門や営業部門を含め、いろいろな部署から来るのですが、品質保証部門からの依頼が多かったのです。あるときに品証部門の監査レポートを翻訳するために勉強をしている中で、 ISO 9001 に書かれている内容に納得感があり、感動すら覚えました。監査というものの存在と重要性を初めて知り、とても興味をもったのです。

ちょうど監査のことを知ったタイミングで、品証部門が社内公募*を出していたので、良い機会だと思って部署を異動しました。ただ異動した先は監査をするグループではなく、別のグループでした。そこで監査グループに相談したところ、前々から監査関連の翻訳もしているから様子もわかるだろうということで、ちょうどヨーロッパで行われる監査の通訳として、実際の監査に関わることになりました。

*株式会社ディスコには異動の自由があり、異動希望先の部署と異動希望者が合意すれば、部署を移ることができます。

IRCA: 実際に監査に通訳として参加した際に、難しかったことはありましたか?

クリフォードさん: たくさんありました。最初のときは海外出張も初めてでしたし、記憶に残っています。当時はまだISO 9001の個々の要求事項まではよく理解できていませんでした。また日本語での会話は主語がないことが多く、知らない専門用語がしかも略称で話されるので、とても難しかったです。

例えば、「特採」。今はもちろんわかりますが、「特別採用」のことですね。そして特別採用の英語は concession ですが、最初は直訳して special adoption などと言っていました。

監査員が言っていることを正しく理解できていないまま通訳し、それへの答えをまた正しく理解できずに伝えていました。とても効率が悪い思いを同席者にさせてしまいました。この経験が、自らが監査員になりたいと思ったきっかけかもしれません。

通訳として、ヨーロッパやシンガポールなどの海外拠点で、18回ほど監査に同席しました。監査を重ねていく中で、気づいたら規格の要求事項をすべて理解していなくても、主任監査員がどういうところを見ているのかなどがわかるようになってきていました。

そこで文章を細かく区切っていちいち通訳をするのではなく、ある程度まとまって、より分かりやすく訳すようにしていきました。理解度が高まり、自身で改善しながらより良い監査を実現できたことは体験として大きかったです。

それがきっかけとなり、内部監査員になりました。その後、多くの経験を積んで社内の主任監査員になったのち、IRCAの主任審査員コースを受講して、IRCAのAssociate auditor になりました。

監査の魅力とは?

IRCA: 監査員になる前、通訳として監査に参加されていたとき、監査をどう思われていましたか?

クリフォードさん: とても魅力を感じました。どこが魅力だったかというと、コミュニケーションですね。

相手から情報を引き出すのが上手な監査員は雑談しながら、きちんと監査します。雰囲気を明るくすることは大事ですし、もともとコミュニケーションを大切にしている私にはそこがいちばんの魅力でした。

監査はいわば健康診断みたいなものかなと思っています。健康診断を受ければ健康になれるのではなく、今どうなっているか、状態を確認しましょうということです。問題を見つけて、ここがよくないのでこういう改善活動をしましょう、こう対策しましょうと。それが日々の業務に反映され、だんだん改善されるということです。

監査員の本来の役割は指摘を出すことではなくて、QMS 全体の改善です。そこが監査のとても良いところだと思います。

IRCA: クリフォードさんはすでに経験を積まれ、社内の主任監査員になられた上でIRCAのコースを受けられたということですが、IRCAのコースで何か印象に残った学びはありますか?

クリフォードさん: 私はBSIジャパン経由で BSIシンガポールの英語のコース*を受けましたが、とても素晴らしい講師の方でした。2015年版だけでなく、2008年版との違いなどわかりやすく説明してくださったことが、2015年版の理解が深まることにつながりました。コースを受けたことで、要求事項の理解が深まったことは今でもすごく役立っています。

オンラインコースだと演習などはどうなのかと思われるかもしれませんが、200ページほどもあるケーススタディの資料を用いた模擬監査の演習も毎日のようにありました。

*IRCA から: コースのオンライン化が進み、現在は海外にて英語で行われるCQI and IRCA認定コースを受講することが可能です。ご希望がある場合はIRCAジャパンまでお問い合わせください。

監査の多言語化に挑む

IRCA: 監査の多言語化はいつから始めたのですか?

クリフォードさん: 私が監査員になりたいと思った動機は多言語への対応です。通訳が入るとどうしても、過去の私のように誤訳があったり、誤訳がなくてもどうしても効率が悪くなったりします。ですから、できるだけ共通語で監査したほうがよいと思いました。それが監査員になった動機でしたので、最初から多言語化を目指していました。

ディスコでは「業務の自由」という制度があって、監査員であっても翻訳の仕事をすることができます。グローバルにビジネスを展開する企業なので、翻訳の案件数は増える一方でした。ただ、やはり翻訳よりも、もっと監査の仕事に自分のリソースを割きたい・・・そう思って「翻訳支援ツール」を自ら開発しました。

ソフト開発の経験はなかったですが、一からプログラミング言語を勉強しました。目的は自分の翻訳の負荷を減らしてもっと監査業務を担えるようにするためでしたが、ほかの誰でも容易に翻訳ができるようにという思いもありました。

また、以前の監査報告書はエクセルの様式でしたが、監査事務局が専用のウェブサイトを開発しました。そうすると監査報告に際して、日本語のエクセル、英語のエクセルと準備しなくても、ワンクリックで言語が切り替わりますし、海外拠点からのアクセスも容易になりました。

翻訳支援ツールは、あくまで翻訳者を手助けするツールですが、全社での改善発表で紹介したところ、いまでは様々な部署で使われるようになっており、良い反響を得ています。将来的にはAIを組み込んでさらに進化させていきたいと考えています。

IRCA: 監査やQMS全体の多言語化は、英語と日本語以外にもあるのですか?

クリフォードさん: あります。会社の制度のおかげもあり、中国語でも監査ができるようになっています。

新入社員は2~3年間アプリケーション大学という組織に入り、コア技術の習得や様々な部門の仕事を経験します。自己キャリア形成のための仕組みです。決められた卒業要件を満たしたら、入りたい部署に配属受け入れを打診し、合意が得られれば晴れて配属となるのですが、そのアプリケーション大学の1人が私の監査活動に興味を持ってくれて、品質保証部に入りたいと言って正式に配属となりました。

この新人は中国人のトライリンガルでした。もちろん中国語は完璧ですし、日本語も、英語も本当に上手です。これにより中国語でも対応できるようになり、中国の全拠点で、中国語で監査ができるようになりました。

多言語化の成果

IRCA: 多言語化に対して、海外拠点の反応はどうですか?

クリフォードさん: 通訳の入った監査が当たり前と思われていたのが、英語と中国語でできるようになってからは、一気に監査の雰囲気がよくなり、より一層前向きに監査に参加してくれるようになりました。ですので、現地の監査員の数をさらに増やしたいと、私も監査事務局も考えています。

実際の監査への対応はもちろんですが、仮に監査まで担当しなくても、ISO 9001をきちんと理解していれば、日常業務でも事故が発生しないよう対策が打てますし、自分の仕事の質をより高めることが可能です。QMS全体の強化という観点から、そこが重要だと思います。

IRCA: ディスコで多言語化を達成できた理由は何だと思いますか?

クリフォードさん: ディスコの制度である「業務の自由」が達成できた要因かなと思います。手を挙げて努力すれば品質保証部に所属しなくても監査員になることができ、社内通貨であるWillを稼ぐことができますから。また、改善活動であるPIM (Performance Innovation Management) も原動力になりました。

多言語化はこれらの仕組みに後押しされました。例えば現地の協力を得たいときにはWill を払って対応してもらいますが、自分の定型業務以外のことをして Will をもらえるということで現地の担当者にも喜んでもらえました。それがやはり自分がディスコで多言語化を達成できた大きな要素だと思います。

IRCA: 海外拠点を監査している組織はたくさんありますが、ご自身の経験からどういう点に気を付けるとよいということはありますか?

クリフォードさん: 本社から監査員が行って監査をすると、現地側はとても緊張しますよね。まず、敵だと思われやすいです。特に通訳者が入ると、さらに監査員が偉そうに見えて、緊張されます。敵だと思われると、潜在的な問題が見つからないように隠されたり、発言に気を付けたりされがちです。

監査はどうしても短い時間で、日々の業務の一部だけを見ることになります。ですから、良い監査をするには日々の密なコミュニケーションが大事です。これにより自然に監査員の考え方が現地で浸透して、少しずつISO 9001に詳しくなり、少しずつ自分たちで改善していくこともできます。そして、事前にそういう関係を構築しておくと、確実に監査がスムーズにいきます。

現地で仲間だと思ってもらえると、そこから全部がガラッと変わります。監査の中で何か指摘されることが出ても大丈夫ということになり、逆にどこを一緒に改善できるかという考え方に変わります。

多様性を支える価値観

IRCA: 御社では PIM やWillなどのユニークな取り組みをされていますが、それを生み出す文化、ジェンダーや幅広いバックグランドなど、多様性を受け入れる文化をもった会社なのかなと思います。クリフォードさんから見てどうですか?

クリフォードさん: 入社するに当たって、面接が3回ありましたが、社長による最終面接はもちろん、おそらくその前の1次面接、2次面接も含め、その人がやったことやどのようなバックグランドがあるかということはさておき、性格がこの会社に合うか、いろいろなことにチャレンジしそうかというところを見ていたと思います。だから、私のように何も半導体のことを知らなくても入社することができたのだと思います。

そして、皆のバックグラウンドがいろいろということは、いろいろな考え方が出てくるわけですが、ディスコには、DISCO VALUES という、会社として何を目指していくのかという共通の価値観があります。これは日本だけではなく海外拠点も含め、全世界のディスコ社員共通の価値観です。ですから、ひとつの事象に対して、皆の解釈がぶれることがありません。この共通の価値観が多様性を受け入れる土台になっていると思います。

これからのこと

IRCA: これからチャレンジしていきたいことはありますか?

クリフォードさん: まだ考え中です。社内では監査員、そして主任監査員になりました。 IRCA のAssociate auditor に4年かけてやっと認定されたので、次のステップとしては、IRCAのAuditor、その次は Lead Auditor になっていたいですね。

それ以外には、具体的にはまだ決めていないのですが、会社全体の QMSを強化すること、また海外拠点の監査員も増やしたいと思っています。

IRCA: 本日は、このインタビューの直前まで監査を実施されてらっしゃったとのこと。お疲れでいらっしゃるにもかかわらず、貴重なお話しを聞かせていただきありがとうございました。

本日お話しをお聞きして、クリフォードさんが、ご自身の進めてきた多言語化の取り組みについて、終始楽しそうにお話されているのが印象的でした。また、監査員に通訳がついているととても偉そうに見えて、被監査組織からすると「敵」に見えてしまうというお話しがとてもリアルに感じられました。ディスコさんの多様性を受け入れる文化の中で、クリフォードさんが尽力した多言語化された監査により、QMS全体のより一層の強化が達成されていく良い循環を肌で感じました。

本日は、本当にありがとうございました。

CQI レポート The Future of Work 未来の働き方
IRCAテクニカルレポート:ISO22000:2018