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ISO 15189 とは?ー 臨床検査の国際標準化

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ISO 15189 とは?ー 臨床検査の国際標準化

オリンピックを控え、医療界にも国際標準の波が押し寄せつつあります。例えば、臨床検査に関する国際規格、『ISO15189:2012 Medical laboratories – Requirements for quality and competence臨床検査室 – 品質と能力に関する要求事項』の認定が今、臨床検査室をもつ全国の医療機関や検査機関に急速に広まりつつあります。ISO15189 及び関連の規格その他の文書を担当するISOの技術委員会TC212の国内代表を務める東邦大学医学部医学科 微生物・感染症学講座 感染制御学分野 石井良和教授に臨床検査の国際規格文書、特に微生物検査と病原体核酸検査 (PCR検査) に関する国内外の情勢について伺ってきました。

TC212 の仕事

私 (石井良和教授) の所属しているISOの技術委員会 TC212 は、体外診断薬や体外診断システムの規格文書を担当します。ISOは国益やいろいろな企業の利益が絡むため、我が国では経済産業省が注力しています。

TC212には、5つのワーキンググループ (WG) があります。WG1 は臨床検査における品質と能力、WG2は標準システム、WG3は体外診断用製品の要求事項等、WG4は微生物検査と分子診断、WG5は検査室のバイオリスクマネジメントの規格文書を担当しています。私はWG4の国内代表ですが、分子診断は進化が極めて速い分野で、多くの規格文書が作成されています。

WG1は、マネジメントシステムの要求事項であるISO9001の傘下にあり、試験所の認定のための品質と能力に関する要求事項であるISO17025を策定しました。さらに、病院の臨床検査部門や衛生検査所の臨床検査に関する要求事項であるISO15189を策定しています。このドキュメントは「品質マネジメントシステムの要求事項」と「臨床検査室が請け負う臨床検査の種類に応じた技術能力に関する要求事項」の2つの要素から構成されています。

ISO 15189を策定した目的は、いつでも、どこでも、誰でも正確で再現性の高い、信頼できる検査結果を提供できるようにすることです。その結果、検査結果は他の医療施設と共有することが可能となり、患者さんは、国内外を問わず安全で安心な医療を受けることができるようになります。

TC212の中で最も新しいWG5は、西アフリカでエボラ出血熱のアウトブレイクが発生したことを契機として、感染性物質を適切に取り扱うための規格文書を策定することを目的に新設されました。感染性のある物質の搬送には、WHOが定めたルールがありますが、試験所や衛生検査所などにもバイオリスクマネジメントが必要になります。そのためWG5は、2019年11月にISO 35001という試験所やその他関連施設におけるバイオリスクマネジメントに関する要求事項を公表しました。

ISO 15189の認定

現在、日本ではISO15189の認定*を取得する病院や衛生検査所などが増加しています。多くの施設からの申請に対応するために、認定審査を実施する日本適合性認定協会 (JAB) では多忙を極めているようです。これについては厚労省が国際管理加算の算定を認めたことがISO15189の認定取得を希望する施設が増加した一因です。すなわち、ISO15189の認定施設は、金銭的なインセンティブが与えられることが認定施設の増加に大きく影響しています。
*注: ISO17025やISO15189に対しては認証機関による認証 certificationではなく、認定機関 (日本ではJAB) による認定 accreditationが行われます。

> ある小企業のISO 15189認定取得までの道のり

> ISO 15189:2012実装のための5つの実践的推奨事項

ISO 15189の審査

ISO 15189の適用範囲に含まれる検査の項目は、基準項目に含まれる尿・糞便等一般検査、血液学的検査、生化学検査、免疫検査、微生物検査のほか、病理検査や遺伝子関連の検査や薬剤の血中濃度など、多岐にわたります。これらの技術能力に関しても受審し、要件を満たしていれば認定を受けることができます。

審査は、それぞれの検査項目の専門家からなるチームによってなされます。ただし、微生物検査など、マイナー項目は、審査側のレベルの担保が難しく、限られた審査員で審査しているのが現状です。病院検査部門や衛生検査所の職員や担当者がISO15189を十分に理解して、準備できれば審査について懸念はありません。一方、憂慮すべきは、ISO15189の認定取得をしても、検査結果を利用する医師や他の医療従事者がISO15189の意義をあまり理解していないことです。医師や他の医療従事者にもISO15189の意義を理解してもらうような啓発活動が必要だと考えます。

ISO 15189取得のメリット

ISO15189に基づく検査は、海外から来る人、また海外に行く人だけでなく、もちろん日本国内の患者さんについてもメリットがあります。例えば、ほかの病院から紹介された患者さんが来たときに、新たな病院で再度同じ検査をすることがなくなります。すなわち、無駄や苦痛を軽減し、早く病気の治療をスタートすることができます。標準化された方法で検査していることが客観的に担保されれば、臨床検査データはどこでもそのまま使えます。

それだけでなく、検査技師の世代交代に伴って、できなくなる検査があると患者さんに不利益が生じることがあります。そのため、SOP (standard operating procedure) の作成が重要になりますが、ISO/TC212が策定したドキュメントは、検査前や検査後のプロセスも含んでいます。

関連のTS (technical specification 技術仕様書) などは数多く公表されています。何れもISO9001が根幹となるのですが、TC212が扱う文書は、臨床検査全体にかかわるものから微生物検査や遺伝子検査に特化したドキュメントまで多岐にわたります。

ISO 15189の運用に際しては、病院や衛生検査所の検査技師が自ら、SOPや記録書類を作成します。PDCAサイクルを回すのは、実際に検査に従事する人たちです。

WG4の活動(微生物検査)

WG4は、薬剤感受性検査の標準化も担当しています。今、ディスク拡散法の標準化にも取り組んでいます。ISOは先進国の人たちのみならず、発展途上国の人たちのことも考慮しなければなりません。発展途上国の患者さんも標準化された検査による恩恵を受けることができることが大切です。日本をはじめとする先進国の人たちは、一昔前の検査方法であるディスク拡散法の標準化は不要であると考えますが、発展途上国のことも考えなければなりません。さらに、遺伝子検査のための規格文書を多く手掛けていることも特筆すべきと思います。

外部精度管理と標準物質

ISO17043(適合性評価-技能試験に対する一般要求事項)は、技能試験提供者の認定であり、特定の種類の技能試験を提供する技能試験提供者の能力を決定する手段の一つです。技能試験とは、「試験所間比較による、事前に決めた基準に照らしての参加者のパフォーマンスの評価」と定義されており、具体的には外部精度管理を指します。一方、技能試験提供者とは「技能試験スキームの開発及び運用に関する全ての業務に責任を負う組織」 と定義され、外部精度管理に供する標準物質を提供できる機関を指します。日本では、外部精度管理は日本臨床検査技師会や都道府県の検査技師会などが実施していますが、精度管理に供される標準物質の均質化・安定化などが十分になされているとは言えません。したがって、微生物検査の精度管理も義務化されましたが、ISOレベルのものが実施されているとは言えないのが現状です。

一方、我が国から提案された生化学検査などで使用される標準品は優れたものであり、国際的に高い評価を得ています。

タイや南アフリカは、米国CDCの支援を受けて、政府の研究機関がISO17043の認定を受け、微生物分野の外部精度管理も実施しています。それと比較すると我が国は大きく遅れていると言えます。

一方でアメリカは、1988年にClinical Laboratory Improvement Amendments' 88 (CLIA法) を制定し、CAP (College of American Pathology) の外部精度管理を受検していない施設は、臨床検査を実施してはならないとしています。日本は、これまで微生物検査領域では、ISOが求める外部精度管理を実施できませんでしたが、今後はISO17043の認定を受けた施設が提供する標準物質を使った精度管理を実施することが強く求められます。

オリンピックに向けて

東邦大学病院ではISO 15189の認定を取得しましたが、2019年に開催されたラグビーワールドカップは、会場が全国に分散しこともあり、特別な問題はありませんでした。しかし、2020年の東京オリンピックは、会場が東京周辺に集中するので、注視したいと考えます。

細菌感染症で注視しなければならないのは髄膜炎菌感染症だと思います。2015年、世界スカウトジャンボリーで、スコットランド隊員およびスウェーデン隊員の髄膜炎菌感染症事例がありました。髄膜炎菌は、感染性が高い病原体なのでマスギャザリングにおいて重要です。感染症学会などが「インバウンド感染症への対応~東京2020大会に向けて~感染症クイックリファレンス」を専門家向けに出しているので興味のある方はご覧ください。

石井先生のお話を伺って
ISO 9001など、附属書SLに準拠する規格はシステム構築/運用について組織の自由度が高まり、汎用性が増していますが、検査機関という特定の分野の特定の業務に対する規格であるISO 15189、あるいはその他、TC212で策定される規格、文書類は非常に専門性が高く、また具体的な実施方法も定められています。

9001、14001あるいは45001などのマネジメントシステム規格も附属書SLの導入や情報技術の採用など取り巻く環境の変化に伴い、審査方法も、求められる力量も変化していますが、ISO 15189の審査では審査員に非常にニッチな高い専門性が求められるという点において、力量の評価や審査チーム選定の難しさを含め、一段の難しさがあることがわかりました。

また、日本では、この分野に関わらず、日本人の仕事の正確さ、精密さをもって、それで十分、それでよしとする傾向が見られることがあります。お話の中では、医療の分野だけでなく、他分野でも日本の開発した技術を国際標準とする努力を怠ったため、後発の技術が国際基準として認められた事例も挙げられました。今後、海外との交流や取引がいやおうなしに盛んになる中、日本の技術や慣行、製品/サービスが世界で認められ、採用されるためには、それらの技術や慣行の国際標準化の推進、すでに国際規格等がある場合はそれらへの適合/準拠など、目に見える形でデータに基づく根拠を示していく必要性がどの分野においてもあることを痛感しました。

追記: この記事を準備している最中に、新型コロナウィルスの感染拡大が世界中で大きな問題となってきました。臨床検査に関わる問題はまさに我々の生活に直結していること、世界共通の基準が不可欠であろうことを改めて感じます。
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IRCAテクニカルレポート:ISO22000:2018