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ISO 45003 – 職場における精神的な安全衛生―指針

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ISO 45003 – 職場における精神的な安全衛生―指針

労働安全衛生に関わる新しいISOのガイドライン規格、『ISO 45003 – Psychological Health and Safety in the Workplace – Guidelines 職場における精神的な安全衛生 – 指針』が現在、開発中です。現在までの開発状況をレポートします。

幸いなことに、従業員の身体の安全衛生を守る必要があるということに気付く組織はどんどん増えています。しかし、従業員のメンタルヘルスを確実に守ることへの関心はまだ欠如しています。現在、これに対し、ISO 技術委員会 TC283の作業グループ2が職場における精神的な安全衛生に関する初めての国際規格としてISO 45003を開発中です。

日本は、他の多くの先進国と同様、この点に関してとりわけ難しい問題に直面しています。日本の組織は従業員に対し、忠誠心と勤勉を当然のこととして期待していますが、これらの期待に応えなければというプレッシャーがときに行き過ぎることがあります。過労死、文字通り「働きすぎによる死」は日本だけの問題ではなく、中国ではグォラオシ (gullaosi)、韓国でもクワローシャ (kwarosa) が起こっています。過労死のインパクトは深刻であり、世界規模の多く企業や日本政府が、例えばプレミアムフライデーなどの取り組みを通じて、従業員のワークライフバランスの改善を図るまでになっています。

信頼に足る新しい国際的な規格を発行することにより、より多くの組織がメンタルヘルスの問題に対応するための有用な対策をとるようになることが期待されています。ISO 45003は組織の大小を問わず、従業員の精神的な健康と幸福を損なう可能性のある条件、状況や職場の要求をどのように特定したらよいかに関する手引きを提供します。さらに、ISO 45003は作業環境を改善するために必要な変更点、作業に関連する危険源 (ハザード) を特定する方法を決定するための主要なリスク要因を特定し評価する方法、労働安全衛生 (OH&S) マネジメントシステムの境界内にある精神的なリスクをマネジメントする方法に関する手引きを提供します。

ISO 45003では、心理社会的リスクを「仕事に関連して心理社会的な性質の危険源が発生する可能性と、これらの危険源に直接関連する可能性のある負傷や疾病の重症度の組み合わせ」と定義しています。

心理社会的な性質の危険源には、精神的及び身体的な危害が発生する可能性のある作業タスク、作業組織、マネジメント、作業環境及び組織の状態という側面が含まれます。例えば、以下のような状況が考えられます。

  • 仕事や仕事の方法について従業員自身がほとんど制御できない場合
  • 従業員が意思決定に加われない場合
  • 機械やシステムのペースで仕事が進められてしまう場合
  • より速く仕事をこなすことや休憩なしでの仕事を促すような給与体系となっている場合
  • 単調で繰り返しばかりの仕事の場合
  • 仕事量が多すぎる場合
  • 多大な努力をしても十分な報酬がない場合
  • 従業員が自分の技能を十分に生かすことができない場合
  • 仕事のシステムが他の人々との接触を制限する場合

ISO 45003はISO 45001と同じ上位構造 (HLS) の箇条を採用しており、結果として生じる影響ではなく、例えば、リーダーシップの不足、文化の問題、組織の課題といった根本原因の特定を重視し、これらに対処するためにPDCAのアプローチを採用することを提唱しています。組織はまず、ISO 45003で提供されている手引きに照らして現状の自分たちの仕組みや力量をレビューするよう促されます。組織は、改善の機会を特定するプロセスに際して従業員と協議します。次のステップは実行計画を立てること、計画を実行すること、さらなる改善の機会を特定するために学んだことを利用する前に計画をレビューすることです。このサイクルを繰り返すことにより、時間の経過とともに継続的に改善されることになります。

ISO 45003策定の道のりは紆余曲折をたどってきました。複数の国家規格機関は、精神的なストレスについて包括的に議論する文書がEN ISO 10075シリーズ規格のパート1-3という形で存在することを考えると果たしてISO 45003は必要なのかと疑問を投げかけました。ほかにも、ISO 45001がすでに身体と精神の健康に適用できるのに、なぜISO 45003が必要なのかと問いかけがありました。確かに、ISO 45001は要求事項規格ですから、ガイダンス規格に含まれる推奨事項よりも強制力があるでしょう。他の国家規格機関はISO 45003の初期の草案が、メンタルヘルスに合わせて新しくつくられたものではなく、かなりの量のテキストをISO 45001からそのままコピーし、単純に「しなければならない shall」を「することが望ましい should」に置き換えただけであることに不満を唱えました。

そして、開発は遅々として進んでいません。TC283 WG2が2019年10月にルワンダのキガリで最後に集まったときには、まだISO 45003の作業草案 (WD) 3のコメント募集の際に寄せられたコメントのうち600余が手付かずで残っていました。それらの多くは、箇条5、6と8 (リーダーシップ、計画、運用) に対して提起されたものでした。この最後のミーティングが時間切れになる前に処理できたのは、これらのうち400のみで、残りはミーティングが終わってから処理されました。この結果がWD4に反映され、10月に各国家規格機関に回覧されました。その際に寄せられたWD4へのすべてのコメントがWD5をつくるために活用されますが、このWD5が投票に先立つ作業草案の最後のものとなるよう望んでいます。

キガリではいくつかの重要な決定がなされました。例えば、規格の中でもっとも広い意味をもつ言葉としては、「psychological health (精神の健康)」ではなく、「health, safety and well-being at work (仕事における安全衛生及び幸福な状態)」という文言を使用することとし、WD3 の附属書に含まれている実務的な指針を本文の中に移すことになりました。また、プロジェクトを予定通りの日程に戻すために、同意が得られ次第、WD5 45003はWD (作業文書) の段階から直接国際規格草案 (DIS) へと移行することも決まりました。通常、作業文書の次の段階は委員会草案 (CD = committee draft) ですから、これは珍しいことですが、これにより5か月前倒しにすることができ、ISOのプロジェクトの (一定期間以上経って成立しない場合に適用される) 自動キャンセルルールは適用されなくなるということです。そのときまでにWD4について合意が得られない場合、このプロジェクトは棚上げとなってしまうリスクが現実にあるのです。

ISO 45003に関する作業の継続が認められていると仮定し、2020年5月にメキシコで開催される予定のTC283 WG3の会合では最終確認が行われる可能性があります。TC283 WG2の次の会合は2020年10月にサンサルバドルで開催されます。

ISO 45003 の発行スケジュールは2021年6月が予定されています。

CQI レポート The Future of Work 未来の働き方
IRCAテクニカルレポート:ISO22000:2018